豊前感応楽
【ぶぜんかんのうがく】

楽打ち
【開催場所】
豊前市 大富神社、住吉お旅所、杉ヶ谷水神社、上迫稲荷社、迫大歳神社、西船入蛭子社、広山蛭子社他
【開催日】
4月30日〜5月1日 4月30日〜5月1日 4月30日〜5月1日
【指定】
福岡県指定無形民俗文化財
【アクセス】
JR豊前松江駅より車で10分

【由来等】
 豊前市大富神社を産土神とする旧14ヶ村は今、山田町、八屋町、千束町、横武町の4ヶ町に亘っており、祭典の楽打は天地感応楽、または国楽とも記されており、この楽に就いて同社覚書文書の中に741(天平13)年に始まり1587(天正15)年まで執行その後1676(延宝4)年まで中絶、同5年巳6月より継続していると記されている。1878(明治10)年頃より4月30日、5月1日の御田植祭と結びついて、今日の大祭典となっているが、もとは旧6月30日、7月1日に行われた名越大祓の神事であった。祭典の前日には足ナラシとして昔は大庄屋、今は保存会長の邸前で楽打をする。祭の当日は御神幸の前、御社頭で打ち、次に神輿に供奉して八屋町八尋浜の御旅所に至り、神輿の前で奏される。翌日は四郎丸の中で10ヶ所の社頭にて打ち神輿本社に還御の上、本社社頭で今一度奏する。その上で保存会長の宅前にて打納楽を打つ。実施は隔年で、西暦の偶数年に実施される。

【活動の歴史】
 10年に1度、宇佐神宮勅祭のおりに奉納。20年に1度の伊勢神宮式年遷宮に奉納(昭和28年、昭和48年、平成5年)。そのほか各地の郷土芸能大会に出場。豊前感応楽は697年(文武天皇の御宇、丁酉6月29日)に始まり1587(天正15)年まで執行、その後1588(天正16)年〜1676(延宝4)年まで戦乱により中断。1677(延宝5)年己6月より現在まで継続している。

【芸能を行う理由・目的】
 五穀豊穣、雨乞、天下泰平、国家長久、無病息災、家内安全

【舞・踊りの特徴】
 庭に立てた幣を中心に円陣となり、団扇使い2名、中楽6名が並ぶ。鐘打が径約33cmの2つの鐘を、撞木をそろえて叩く。団扇使いは、右手に柄、左手で頭を押さえ、縦横に振り動かす、天を仰ぐ、地にふせすくいあげる、などの所作をする。中楽は、胸につけた大太鼓のふちに撥を置き、「ヨウー」の掛声と共に体を斜右に向け、右足をあげて左足1本で3歩退き、右手の撥を差上げ、停止する。次に反対の動作をくり返し、しだいに勇壮な楽に移行して行く。
民俗芸能では私たちが普段見ることのない道具や興味深い言い伝えなどがたくさんあります。


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このホームページの情報は、2002年11月から2004年3月の間に行った取材を元に掲載しています。
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