大分の獅子舞
【だいぶのししまい】

大分の獅子舞
【開催場所】
飯塚市 大分八幡宮
【開催日】
9月の最終土曜日、日曜日
【指定】
福岡県指定無形民俗文化財
【アクセス】
JR筑前大分駅より
徒歩15分

【由来等】
 大分八幡宮は、奈良朝の726(神亀3)年創建と伝えられ、朝廷の崇敬も厚く神事祭礼の折には、大宰府在庁の官人が参候して執り行われたという。福岡市の筥崎八幡宮の元宮で、八幡五所別宮の第一の名社として尊崇を集めていた。戦国時代の騒乱で絶えていた祭礼を、江戸時代の中頃の享保年間(1716〜1736)に再興するにあたって、時の庄屋であった伊佐善左衛門直信が、1720(享保5)年村人15名(舞役8名、楽人7名)を2ヵ月間、都に上洛させて、男山の石清水八幡宮に伝わる獅子舞を習得させ、1724(享保9)年の放生会に奉納したのが始まりとされている。「享保九年七月 大分村放生会御祭始村中申極座本祭帳」(現在は「大当書送帳」と呼んでいる)の序文に「御獅子楽始候付十四日御宮祭座祈祷之爲執行有之・・・」と記録されている。

【活動の歴史】
 技楽系の獅子舞に属するといわれる「大分の獅子舞」は、280年の伝統をもっている。大分の獅子舞の所作にもいにしえの都の優雅なものを感じさせるものがあり、この頃多発していた災害や飢饉を背景に、獅子祈祷として大分の獅子舞は筑豊地方を始め、広域に広まったと思われる。大分系の獅子舞といわれる宗像郡津屋崎町勝浦の豊山神社の御神幸祭に奉納される獅子楽は、1748(延享5)年に伝承されたものといい、田川郡添田町落合の須佐神社に奉納される獅子舞や京都郡勝山町上久保にも伝わっていて、その他各地にある。獅子舞は放生会の他、昔は、春祭(卯ノ日祭とも呼ばれた)にも奉納されていた。昭和29年12月福岡県無形文化財に指定され、昭和50年に福岡県文化財保護条例の改正により、「大分の獅子舞」として無形民俗文化財となる。

【芸能を行う理由・目的】
 家内安全、無病息災、子孫繁栄、五穀豊穣等祈願

【舞・踊りの特徴】
 獅子舞は、はなのきり、中のきり、きりの3段階にわかれ、1段階毎に舞方は交替する。はなのきりは、雄獅子(赤)、雌獅子(黒)が横に並び楽に合わせて同じ舞方をする。中のきりは、雄獅子、雌獅子が入れ替わりながら相対して、楽に合わせて舞う。きり(のりともいう)は雄獅子、雌獅子が相対して、楽に関係なく戯れ舞狂い、舞初めの時とは向きを逆にして舞終わる。出会い(見合い)、恋をして、恋に狂って乱舞いする様を表しており、子孫繁栄、五穀豊穣の祈りが込められている。
民俗芸能では私たちが普段見ることのない道具や興味深い言い伝えなどがたくさんあります。



飯塚市
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このホームページの情報は、2002年11月から2004年3月の間に行った取材を元に掲載しています。
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