九州歴史資料館|Kyushu Historical Museum

展示案内概要

 開催中及び開催予定の展示   
展 示 室 等 展   示   内   容 予  告
第1展示室 常設展「歴史(とき)の宝石箱」 
       12月21日~9月22日
特集展示「即位の大礼と福岡県」
         4月21日~7月12日

特別展「福岡の至宝に見る信仰と美」
        10月6日~11月29日
   
第2展示室 きゅうおにとタイムトラベル
        3月24日~7月12日
企画展 調査成果展
「出土品から見た『福岡県の戦争遺跡』」
         7月14日~9月13日
第3展示室 基準資料展示(常設展示)
第4展示室 きゅうおにとタイムトラベル
        3月24日~7月12日
企画展 調査成果展
「出土品から見た『福岡県の戦争遺跡』」
         7月14日~9月13日
九歴ボランティアによる古代体験
(有料、無料体験あり。予約不要)毎週土・日曜日及び祝日(第2土曜日は13時から)
「飛び出すむかしの宝物」
(収蔵品オンデマンドサービス・予約不要)毎週日曜日
文化情報広場  パネル展
 「邪馬台国への道 前編」
        6月16日~9月13日
 パネル展
 「世界遺産 沖ノ島」
        9月15日~11月29日
玄関横展示スペース 三沢遺跡紹介パネル展示
令和2年度 展示計画一覧   
pdf 九州歴史資料館 展示計画のご案内 PDF:136KB
pdf 九州歴史資料館 上半期スケジュール PDF:571KB

【展示解説シート】
資料を詳しく解説した「九州歴史資料館展示解説シート」を展示室に備えていますので、ご自由にお取りください。
展示解説シートはここからもダウンロードできます。

第1展示室 第3展示室 ロッカー展示 第4展示室
▲第1展示室(第3展示室から見た様子) ▲第3展示室-基準資料展示- ▲第4展示室-遺構展示-

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第1展示室-展示案内

常設展 「歴史(とき)の宝石箱」

1 旧石器・縄文時代―狩猟と採集―

 ここでは、九州・福岡の旧石器・縄文文化を語る上で重要な資料で、 旧石器時代では、ナイフ形石器文化の石器を中心に展示しています。 特に狩猟具である、北部九州の大型の槍先形の石器は他では見ることができない、貴重な資料です。 縄文時代では、草創期の古い時代から晩期頃まで、土器の変化を時間に沿ってみることができます。 さらに低地より出土した木製品や貝塚出土の骨角牙器など、福岡地域ならではの縄文時代資料の展示です。

2 弥生時代―稲作とクニ―

ここでは、「弥生時代の始まり」「弥生の祀り」「首長墓」など、弥生文化を語る上で重要なテーマとなる資料を展示しています。 弥生遺跡の宝庫、福岡県内の代表的な遺跡・資料群を選定して展示しています。 北部九州の玄界灘沿岸地域で水田稲作に代表される弥生文化が成立したことを示す資料、甕棺墓葬に伴う祭祀の在り方を示す資料、地域社会内での階層化が進行し、首長墓が形成される過程を示す資料の展示です。

3 古墳時代―北部九州の古墳文化―

 ここでは、「前方後円墳の出現」、「中期古墳の革新」、「装飾古墳の展開」など、北部九州の古墳文化を語る上で重要なテーマとなる資料で、 福岡県内の代表的な遺跡・資料群を選定して展示しています。 古墳時代開始の指標となる前期の前方後円墳から出土した副葬品、5世紀代の渡来人による新たな技術の導入の様相を物語る中期古墳出土の副葬品、北部九州で6世紀代に盛行する壁画系装飾古墳出土品の展示です。

4 古代

Ⅰ ―大宰府史跡―

大宰府は西海道を統括する地方最大の官衙であると共に、東アジア世界への窓口としての対外交渉、防衛の中心でした。 ここでは、九州歴史資料館がおよそ50年にわたる発掘調査によって蓄積してきた大宰府史跡(大宰府政庁・政庁周辺官衙・大野城)の出土品のうち、新元号「令和」の出典となった『万葉集』梅花の歌が詠まれた大伴旅人邸候補地の調査の出土品を中心に展示しています。

Ⅱ ―西海道大宰府―

大宰府が統括した西海道の各国からは、大宰府の影響を大きく受けたものや、律令制下の特徴を示す多くの資料が発掘調査によって出土しています。 ここでは、大宰府周辺域となる、福岡県内(筑前・筑後・豊前)の国分寺・郡衙・集落などから出土した資料を中心に取り上げて展示しています。

Ⅲ ―仏教美術―

仏像や仏画、仏具等のいわゆる仏教美術作品には、それぞれの時代それぞれの地域の、信仰の在り方が映し出されています。 また、信仰の場の中枢で重要な役割を果たしたこれらには、美意識と造形技術の粋が集められてもいるのです。 信仰文化や美術の歴史を考える上で、かけがえのない文化財だと言うことができます。 ここでは、福岡県域を中心としつつ、九州に伝えられた仏教美術作品を展示しています。

5 中世

Ⅰ ―その後の大宰府―

古代末頃、大宰府は西海道の政治的中心としての機能を喪失していきますが、観世音寺・太宰府天満宮等、宗教的中心地としての地位を近世に至るまで保ち続けます。 特に中世最大の対外貿易港の博多を通して流入する中国製陶磁器、高麗青磁などの陶磁器類が太宰府域でも特徴的に出土しています。 ここでは、大宰府およびその周辺の特に寺院跡や墓地から出土した陶磁器類、銅鏡・短刀などの副葬品を展示しています。

Ⅱ ―武士と戦乱の世― 

大宰府の求心力が低下する中、平安時代後期から鎌倉時代には北部九州にも多くの荘園が展開しました。また、鎌倉幕府の成立と2度の蒙古襲来は武士の台頭をもたらします。 九州における政治・経済の中枢たる太宰府・博多の地は、諸勢力による争奪の対象となり、以後、各地で激しい戦いが繰り広げられました。 ここでは、現在まで伝来する寺社や武家の文書史料から、中世社会の実像を感じていただきたいと思います。

6 近世―「太平の世」の福岡―

江戸時代、現在の福岡県域には、福岡・久留米・柳川・小倉の大きく4つの藩が成立します。 安定した幕藩体制のもと、各領国で基盤整備が行われ、18世紀には社会・経済の大きな成長と技術の進歩、 文化・学問の興隆が認められました。ここでは、藩・地域を特定せず、江戸時代の「藩」・「地域(村)」・「文化・学問」・「経済・産業」を象徴するような、各種の文化財を展示しています。 近世福岡の多様な世界をご覧ください。

特集展示「即位の大礼と福岡県」

令和元年は、一年を通してさまざまな即位関連行事が執り行われました。歴史をさかのぼると、福岡県は、昭和天皇の即位の大礼の際、大嘗祭で用いる新穀を献ずる主基田(すきでん)の地に選ばれるなど、即位の大礼とゆかりのある地域でもあります。ここでは、九州歴史資料館と福岡共同公文書館が所蔵する、大正・昭和の即位の大礼に関する資料を展示することで、即位の大礼の一端と福岡県とのかかわりについて分かりやすく紹介しています。 (当館ツイッターでは、拡大画像をご覧いただけます)

pdf 解説シート77(令和2年5月) 即位の大礼と福岡県 PDF:4.72MB

第1章 大正大礼の世界
戦前の即位の大礼は、京都御所で開かれると定められており、大正天皇の大礼も大正4年(1915)に京都で挙行されました。この章では、この大礼に参列を予定していた福岡県選出の衆議院議員、永江純一の文書等から、即位の大礼の一端を見ていきます。

京都駅 荷札
▲京都駅略図
大礼直前に建て替えられていた京都駅の図面で
す。大礼に際し、当時の鉄道院は御召列車や参
列者用の特別列車を多数運行し、多くの人々が
この駅に降り立ちました。
 ▲大礼参列各位荷票
 大礼参列者用が、東京や地元から京都まで鉄
 道で荷物を送るための荷札です。往復それぞ
 れ3枚ずつ配られていました。
参入券 参入券2
▲即位礼当日参入券(表面) ▲賢所御神楽(かしこどころみかぐら)ノ儀参入券
大礼の儀式への参入券です。儀式ごとに、表面には控室の場所、裏面には服装や集合時間が記されていま
した。服装は男性の場合、当時定められていた大礼服か燕尾服、女性は宮廷装束の袿袴(けいこ)などで
す。この他に、会場に人力車で入るための人力車札なども展示しています。
参列諸員案内図 大礼記念杯
▲参列諸員案内図
参列者のための京都御所の案内図です。全体の見
取り図のほか、儀式が行われる紫宸殿(ししんで
ん)や、朝集所と呼ばれる参列者の控室は拡大さ
れ、参列者の動線も記されています。
▲大礼記念坏
即位を祝して作られた坏で、裏面の刻印から、当時の飯塚町で製作されたものと考えられます。那珂川市の宮の前遺跡で出土しました。
記念品広告 観兵式・観艦式案内状
▲記念品広告
大礼の際に各種製作された記念品の広告の一つで
す。この記念品は備前焼で、即位の礼で用いられ
る高御座(たかみくら)と、大嘗祭(だいじょう
さい)の場となる主基殿(すきでん)がデザイン
されています。
▲観兵式・観艦式案内状
大礼を記念した陸軍の観兵式と、海軍の観艦式の案内状です。天皇が、陸海軍の大元帥として観閲した行事でした。案内状は陸軍大臣と海軍大臣から送られています。

第2章 昭和の主基(すき)齋田
昭和3年(1928)、昭和天皇の即位の大礼が開かれました。大礼では即位礼などの後に、大嘗祭(だいじょうさい)が行われます。新天皇が悠紀(ゆき)齋田、主基齋田という2か所の齋田で収穫された新穀を供え、自らも食する儀式です。この時、主基齋田の地に選ばれたのが、福岡県でした。本章ではこの時の公文書などから、即位の大礼と福岡県との関わりを見ていきます。

主基斎田事蹟 主基斎田事蹟拡大
▲主基斎田事蹟(福岡共同公文書館所蔵)    ▲左側資料の拡大画像
主基齋田の運営に関する福岡県の公文書で、全部で17冊あります。左側は、主基齋田の地に選ばれ
たと、当時の宮内大臣が福岡県知事に伝達した文書(右側の画像が拡大したもの)、右側はそれを受
けて、県が実際の齋田を早良郡脇山村(現福岡市早良区)に定めた際の文書です。
昭和大礼要録 昭和主基齋田記録
▲昭和大礼要録
内閣の機関が編纂した昭和天皇の大礼の記録集で
す。展示部分の左側は、上が滋賀県の悠紀齋田の
写真、下が福岡県の主基齋田の写真です。
▲昭和主基齋田記録
福岡県が編纂した主基齋田の記録です。展示部分は、実際の農作業に当たる奉耕者の女性用作業服の見本で、実物は久留米絣で作られていました。
大嘗祭1 大嘗祭2
大嘗祭3 大嘗祭4
▲大嘗祭 主基齋田写真帖(福岡共同公文書館提供・パネルで展示)
大嘗祭記念の写真帖に掲載された、新穀供納までの光景です。主基齋田での田植え、収穫の儀式「抜穂(むいほ)ノ儀」、収穫米から大嘗祭に用いるものを選ぶ「粒撰(つぶより)」、供納米を当時の西新町駅から京都に送り出した際の姿などが収められています。
主基斎田事蹟 主基斎田の経過概要
▲主基斎田事蹟(福岡共同公文書館所蔵)
齋田運営の予算を議決した臨時県会の公文書で
す。齋田運営では、人件費や警備費、輸送費な
どが必要で、福岡県も臨時の予算を編成して対
応しました(6月7日まで展示)。
▲主基齋田の経過概要
大嘗祭の奉賛会が編纂した記録集です。展示部分には、供納米を送り出す際の行列図や写真が掲載されています(6月7日まで展示)。

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【第一展示室の展示物】

宗原遺跡の角錐状石器と槍先形尖頭器(筑紫野市) 門田遺跡・爪形文土器(春日市) 観世音寺出土老司Ⅰ式瓦(太宰府市)
▲筑紫野市宗原遺跡出土の角錐状石器と
槍先形尖頭器
▲春日市門田遺跡出土爪形文土器 ▲太宰府市観世音寺出土老司Ⅰ式瓦
千手観音立像(若杉霊峰会) 石造獅子(太祖神社) 櫨掛受取帳(熊谷文書)
▲千手観音立像(若杉霊峰会所蔵) ▲石造獅子(太祖神社所蔵) ▲櫨掛受取帳(熊谷文書)

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第2展示室-展示案内

企画展「きゅうおにとタイムトラベル-大昔のくらしと国づくり-」

時空を超えた旅に出かける企画展「きゅうおにとタイムトラベル」。マスコットキャラクター「きゅうおに」の案内で、縄文・弥生・古墳・奈良時代へと旅します。 福岡の大昔の人たちは、どのようなくらしをしていたのだろうか。また、日本の国はどのように形づくられてきたのだろうか。実際に福岡県内の遺跡から出土した実物資料を通して、疑問を解決します。
当時の人々の様子や実物資料について、きゅうおに が詳しく説明しています。 子どもたちにはもちろん、大人の方にもわかりやすい展示です。
【会期:令和2年3月24日(火)~令和2年7月12日(日)】

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九州衛星写真(中央部床)  大宰府政庁中門復元模型

足元には10万分の1(1㎝=1㎞)の九州の衛星写真があり、地形の様子などと関連づけて展示を見ることができます。 また、1/10の大宰府政庁の中門の模型も展示しています。

第2展示室 大宰府政庁中門復元模型
▲第2展示室(中央部床に九州の衛星写真) ▲大宰府政庁中門復元模型(スケール1/10)

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第3展示室-基準資料展示-展示案内

「基準資料」を展示しています。「基準資料」とは、発掘の際に年代などを特定する基準となる考古資料のことで、これまでの研究の積み重ねの結果、培われてきたものです。 ロッカー状の展示ケースを使って、時間の流れに沿って弥生土器、須恵器、古代の瓦を展示しており、土器の形や組み合わせの変化をお楽しみいただけます。

第1展示室2階の回廊部分にあります。 調査研究によって明らかにされた、資料の型式や年代、地域性を理解するうえで基準となる資料を標本のように網羅的、体系的に展示しています。 通常見ることのできない、資料の集合体や変化の過程を理解することができます。
現在は、福岡県内の重要な弥生時代遺跡(石崎曲り田遺跡、板付遺跡、三雲遺跡など)を取り上げた弥生土器の編年、 西日本最大の須恵器窯跡である牛頸窯跡群出土の須恵器の編年、大宰府から出土した古瓦の編年が、それぞれ分かるように資料を展示しています。 また、引出しとなる資料群展示では、大宰府出土の貿易陶磁器、縄文時代から弥生時代の石器や鉄器など、順を追って分かるように展示しています。
また、ここからは、吹き抜けになっている第1展示室を上からご覧いただけます。 異なる角度から展示物を見ることで、新たな発見があることでしょう。この風景は、他の館では見ることのできない、まさに「歴史(とき)の宝石箱」です。

pdf 解説シート28(平成25年2月) 基準資料展示室と文化情報広場
-九州歴史資料館2階の展示スペース-
PDF:415KB
基準資料展示 引き出し展示 見下ろした風景
▲年代に沿って並べて展示していますので、変遷の様子が読み取れます ▲引き出しに収められた文化財を手元でご覧いただけます ▲第3展示室から見下ろせば・・・
そこはまさに「歴史の宝石箱〔第1展示室〕」

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第4展示室-遺構展示-展示案内

ここでは、九州各地の遺跡からみつかった遺構をそのまま移設した「床下展示」をおこなっています。 ガラス越しに本物の遺構を真上から覗き込むようにご覧いただけます。 各時代の珍しい遺構の様子がみられる、画期的な展示です。

九州各地の遺跡で見つかった遺構の一部を覗き見ることができます。 普段見ることができない、各時代の珍しい遺構です。 現在は、旧石器時代の鹿児島県桐木耳取(きりきみみとり)遺跡の調理場の痕である礫(れき)群、 久留米市正福寺遺跡出土のドングリ入りのアミカゴ、 飯塚市嶋廻(しまめぐり)遺跡の弥生時代の小児甕棺墓、 福岡市元岡・桑原遺跡群出土の網カゴに入った須恵器、 大宰府跡発見の地盤補強のための筏(いかだ)状遺構などを展示しています。

pdf 解説シート23(平成24年11月) 地下の中をのぞいてみれば・・・
-九州歴史資料館第4展示室の遺構展示-
PDF:654KB
遺構展示全景 甕棺遺構 休憩室全景
▲第4展示室の遺構展示全景 ▲「甕棺」の展示風景…上のガラスに乗ってご覧ください ▲平日の第4展示室…散歩の休憩や読書などにご利用ください

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バックヤード

中庭からは、文化財整理室での発掘調査出土資料の整理作業や、最新の機器を備えた保存科学諸室の保存修復作業が見学できます。

pdf 解説シート25(平成24年11月) よみがえる文化財
-文化財整理・保存科学見学回廊-
PDF:463KB
バックヤード
▲バックヤード(文化財整理室)


バックヤード

文化情報広場

第4展示室上部の文化情報広場では、各地の博物館の展示情報など、全国から寄せられた文化情報に関する多数のチラシをお持ち帰りいただけます。 また、福岡県が推進している世界遺産登録活動や、県内外の文化財について紹介するパネル展示も実施しています。

pdf 解説シート28(平成25年2月) 基準資料展示室と文化情報広場
-九州歴史資料館2階の展示スペース-
PDF:415KB
パネル展「邪馬台国への道 前編」

邪馬台国へ道 前編邪馬台国は、かつて倭と呼ばれていた日本列島に存在したクニの一つで、女王卑弥呼が都を置いたことで広く知られています。古代中国の歴史書である『三国志』の「魏書」中(魏志倭人伝)に、記録されていました。邪馬台国の所在地についてはさまざまな説がありますが、「魏志倭人伝」に記された中国大陸から邪馬台国に至る道沿いのクニには、九州内に比定されているものもあります。そしてこの邪馬台国への道に面した遺跡については、九州歴史資料館の西谷正名誉館長が長年研究され、多くの写真も撮影されてきました。
本展では、この邪馬台国への道に関する遺跡等について、西谷名誉館長撮影の写真で紹介します。
【会期:令和2年6月16日(火)~令和2年9月13日(日)】

pdf 解説シート78(令和2年6月) 邪馬台国への道(前編) PDF:2.64MB
Webパネル展「福岡鉄道遺産ものがたり5~筑豊本線・日田彦山線編~」 ※ホームページでのみご覧いただけます

近代、石炭や鉄鋼の生産で日本の工業化を支えた福岡県には、多くの鉄道が敷設されてきました。こうした鉄道に関する建造物等の中には、戦前など古い時代に造られて、現在まで受け継がれてきたものもあり、「鉄道遺産」と呼ぶことができます。県内各地に残る鉄道遺産について紹介する「福岡鉄道遺産ものがたり」、シリーズ第5弾の今回は、筑豊本線・日田彦山線を紹介します。
筑豊本線は明治時代、主に筑豊から掘り出される石炭を運ぶために敷設された路線で、日本の近代化を支えた重要な路線でした。日田彦山線は、その名の通り英彦山の沿線も走る路線で、石炭輸送の他、霊峰英彦山を訪れる多くの人々の移動手段ともなりました。この2つの路線には、今はなき支線も含め、かつての姿を伝える鉄道遺産が各地に現存しています。
本展では、筑豊本線と日田彦山線の鉄道遺産について、ご紹介いたします。(写真は、平成29年度に撮影されたものです。現状が異なっている場合もあります。)

19633蒸気機関車 セム1型石炭車
▲19633蒸気機関車   北九州市若松区・筑豊本線若松付近
大正時代に作られた国産の貨物用蒸気機関車、9600型の1両で、大正6年に製造されました。9600型は大正時代の製作ながら、戦後の蒸気機関車時代の最末期まで使われ、筑豊本線などの石炭輸送にも活躍しました。
▲セム1型石炭車    北九州市若松区・筑豊本線若松付近
筑豊本線などで石炭を運んで走っていた貨車です。積み出し地点に到着すると、底部が開いて石炭を線路下に流しだせる設計になっており、そのため上部は広く下部は狭まった漏斗(ろうと)型の車体になっています。
若松駅操車場跡 第一宮の尾橋梁
▲若松駅操車場跡    北九州市若松区・筑豊本線若松付近
石炭車など貨車の入れ替えを行った操車場跡の記念碑です。筑豊本線の起点若松は、明治24年の鉄道開業と同時に、石炭を鉄道から船に積み替える拠点となり、多くの石炭がここから各地に送り出されていきました。
▲第一宮の尾橋梁     水巻町・筑豊本線折尾~東水巻
レンガ造の橋台4つの内、写真奥の2つは現在も線路が通っていますが、手前の2つは橋台のみ残されています。かつてこの区間に、4本の線路(複々線)があり、それだけの輸送量があったことを伝えています。
遠賀川橋梁① 遠賀川橋梁②
▲遠賀川橋梁①      中間市・筑豊本線中間~筑前垣生
明治24年に当時の筑豊興業鉄道が開通した際、遠賀川を渡る鉄橋も架けられました。現在は、上下線とも後に建設された鉄橋の上を列車が走っていますが、その間には明治時代のレンガ橋脚が残されています。
▲遠賀川橋梁②      中間市・筑豊本線中間~筑前垣生
明治のレンガ橋脚の左右には、現在の筑豊本線の橋が架かっています。橋桁を見ると、左側の下り線はトラス橋、右側の上り線はコンクリート橋となっており、レンガ橋脚を挟んで、3種類の橋を見ることができます。
筑前植木駅 冷水トンネル
▲筑前植木駅         直方市・筑豊本線筑前植木
筑前植木は明治26年に開設された駅で、写真の駅舎は大正2年に建てられた木造建築です。筑豊本線では現存する唯一の戦前建築の駅舎で、大正初期における当時の国有鉄道の駅舎の姿を伝えています。
▲冷水トンネル
       飯塚市~筑紫野市・筑豊本線筑前内野~筑前山家
昭和4年、筑豊本線が冷水峠を越えて原田まで全通した時に建設されたトンネルです。写真は筑前山家側で、現在は撤去されていますが、かつては入口上に蒸気機関車の煙を排出する排煙装置が設置されていました。
      
平恒駅跡 大隈駅跡
▲平恒駅跡           飯塚市・旧上山田線平恒
筑豊本線飯塚駅から分岐していた旧上山田線の駅の跡で、ホーム上の駅名表が、この場所に駅があったことを伝えています。筑豊本線が原田まで全通するまでは、上山田線が筑豊本線と称されていました。
▲大隈駅跡           嘉麻市・旧上山田線大隈
平恒駅から2駅進んだ大隈駅の跡です。平恒駅同様、ホーム上の駅名表があるほか、若干のレールも残されています。平恒・大隈駅を含む飯塚~上山田間は明治36年までに開通し、昭和63年に廃止されました。
鴨生駅跡 嘉穂信号場付近の漆生線跡
▲鴨生駅跡            嘉麻市・旧漆生線鴨生
現在の後藤寺線下鴨生から分岐していた漆生線の駅の跡を公園として整備した場所で、ホーム、駅名票、レール、車輪、踏切棒などが設置されています。漆生線の下鴨生~漆生間は、大正2年に開通しました。
▲嘉穂信号場付近の漆生線跡
       嘉麻市・旧上山田線大隈・旧漆生線才田~下山田
漆生線と上山田線が合流する嘉穂信号場の付近に残る漆生線のコンクリート橋です。漆生以南の漆生線は上山田線の上山田~豊前川崎間とともに昭和41年に開通しましたが、昭和60年代に相次いで廃止されました。
呼野駅のスイッチバック跡 金辺トンネル①
▲呼野駅のスイッチバック跡
            北九州市小倉南区・日田彦山線呼野
列車が写っている現在のホームの手前に、別の線路跡とホームが残されています。これは勾配に弱い蒸気機関車の時代、勾配部の本線から分岐した線路を敷いて平坦部分に駅を設置した「スイッチバック」の跡です。
▲金辺(きべ)トンネル①
        北九州市小倉南区・日田彦山線呼野~採銅所
金辺峠を越えるトンネルの呼野側入口で、線路が片側に寄っています。これは複線断面のトンネルとして建設されたためで、この路線に、将来の複線化が想定されるほどの輸送需要が見込まれていたことを示しています。
金辺トンネル②
▲金辺トンネル②     香春町・日田彦山線呼野~採銅所
採銅所側入口です。金辺トンネルは明治30年に着工しましたが、難工事と鉄道会社の経営悪化で中断し、別会社に引き継がれて大正4年に開通しました。この間に設計変更が行われ、両側の入口で形状が異なるものになりました。
▲採銅所駅          香春町・日田彦山線採銅所
大正4年、当時の小倉鉄道が現日田彦山線の香春以北を開通させた際に建設された駅舎です。一時は解体の予定もありましたが、保存運動の結果残されることになり、現在は香春町指定有形文化財となっています。
欅坂橋梁① 欅坂橋梁②
▲欅坂橋梁①       香春町・日田彦山線採銅所~香春
金辺トンネル同様、小倉鉄道時代のアーチ橋で、石とレンガで作られています。上の線路と、下の道路が斜めに交差しているため、アーチのレンガを斜めに積む「ねじりまんぽ」と呼ばれる技法で建設されました。
▲欅坂橋梁②       香春町・日田彦山線採銅所~香春
アーチの内部です。下から石が積み上げられていますが、最上部の石だけは特殊な形状で、上辺が斜めになっています。それを受けて上部のレンガも斜めに積まれ、レンガの継ぎ目が捩れてねじれているように見えます。
第二金辺橋梁① 第二金辺橋梁②
▲第二金辺橋梁①     香春町・日田彦山線採銅所~香春
中央の橋脚と両側の橋台に石積みの構造物が残る大正4年完成の鉄橋です。金辺川を渡る大規模な鉄橋で、川面から鉄橋までの高さが約60尺(18m)あるため、「60尺鉄橋」とも呼ばれています。
▲第二金辺橋梁②     香春町・日田彦山線採銅所~香春
石積みの橋脚と橋台です。橋桁はいずれも左側によって設置され、金辺トンネル同様、複線化を見越した構造であることがわかります。こうした複線化に備えた鉄道遺産は、他にも県内各地に残されています。
鉄道遺産 歴史
     ▲筑豊本線・日田彦山線と鉄道遺産
※画像をクリックすると拡大します(PDF:7.67MB)
      ▲筑豊本線・日田彦山線の歴史
※画像をクリックすると拡大します(PDF:7.33MB)
移り変わり
      ▲筑豊の鉄道路線の移り変わり
※画像をクリックすると拡大します(PDF:7.25MB)

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玄関横展示スペース 福岡県指定史跡 三沢遺跡紹介パネル展示

資料館玄関を入ってすぐ右側に、福岡県指定史跡である三沢遺跡のパネル展示を設置しました。 三沢遺跡は、当館に隣接する弥生時代中期(今から約2,000年前)の集落遺跡で、福岡県の史跡に指定されています。 ここでは、三沢遺跡で行われた調査の概要と遺跡の周辺地域の移り変わり、さらには現在の遺跡の様子をパネルで紹介しています。

pdf 解説シート24(平成24年11月) 福岡県指定史跡 三沢(みつさわ)遺跡
-自然豊かな森に眠る弥生の遺跡-
PDF:1,277KB

野外展示 〈石人等〉 〈石棺墓〉 〈五輪塔〉

建物の東側には、石製の野外展示物があります。
〈石人等〉
人を形どった石人は、埴輪と同じように古墳の墳丘にたてられたものです。古墳時代中期の5世紀から6世紀前半までの北部九州に集中して見られ、人に限らず馬や武器などの種類もあります。展示品は、九州最大級の前方後円墳である岩戸山古墳、みやま市の石神山古墳、大分県臼杵市の臼塚古墳で見つかった石人等の実測図をもとに、正確に模刻したものです。
〈石棺墓〉
石棺墓は人を葬る棺に石を用いたもので、昔の墓です。写真の石棺墓は、高速道路の建設に伴い調査された古墳(久留米市御井町 ぎおん山2号墳)の下から発見されました。今から約1700年前のものと考えられます。
〈五輪塔〉
道を挟んで池側には、五輪塔があります。五輪塔は、平安時代の終わり頃から江戸時代にかけてつくられた石塔の一種で、方形・球形・三角形・半円形・団形の五種類の石を積み上げたものです。それぞれの石には意味があり、「地・水・火・風・空」の五大を宇宙の生成要素とする仏教思想に基づいています。向かって左端が京都郡出土、右の二基が八女地方で発見されたものです。       

石人 石棺墓 五輪塔
▲石人等
 〔実測図をもとにした模刻〕
▲ぎおん山2号墳(久留米市)の墳丘下
 から発見された石棺墓 〔再現〕
▲発掘調査で発見された五輪塔
 〔再現〕
展示エリア 石棺墓 小児石棺墓
▲石棺墓の展示エリア ▲九歴ボランティア制作 石棺墓 ▲九歴ボランティア制作 小児石棺墓

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